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「神に愛されていた  木爾 チレン」こんなん同人女の感情じゃん!!
神に愛されていた 木爾 チレン

神に愛されていた 木爾 チレン

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俺達はこれを知っている、同人女の感情だ#

凡人と天才の物語であり、凡人が天才の書く物語に打ちのめされた話であり、天才が凡人の描く話に救いを見つけてしまって彼女のためにすべてを尽くそうとする話であるんだけれども、これ流石に同人女の感情すぎない!?

同人女の感情というのは、一時期ツイッターでものすごく話題になり、数多の同人女たちが様々な自分の感情を乗せてあれこれ作品語りしたり自語りしたりした漫画だ。商業で単行本が出た時のタイトルは『私のジャンルに神がいます』。
各話の主人公たちが、二次創作を書きながら神に嫉妬したり、少しずつのんびりでも書いてる自分の作品って神だよねとほのぼのしたりもしていた。

という、他者の作品に嫉妬したり悩んだりしつつ、同じ創作者をライバル視したり足掻いたりする小説なあたり、めちゃくちゃ同人女の感情だった。商業版同人女の感情だった。

この本読んだのは、友人との読書会で一般的に流行ってる本を読んでみよう!(おれたちは一般的に流行ってる本を読んでいない)として課題図書になったため。
しかし、一般書籍というよりかなりライト文芸よりだったし、同人女の感情だった

なるほどこれは売れるだろうな#

ある程度本を読んでたり同人女の感情を経由してると『天音が冴里に態度が悪いのは冴里にだけ特別な感情を抱いてるんだな、天音は冴里がヤバいくらい好きだなこれは』は早々に想像がつくが、読み慣れてないとわからないのか? それともこれは意図的なものだから誰でもわかって当然なのか? てあたりは読みながら考えてて面白かった。
そういう同性間の強感情って同人女の感情でも面白がられるように人気だから、そりゃ一般的にもウケるし面白いって感じられるよな〜〜〜〜!!
雨=天音なのは、もう本分的にはなにも隠してないじゃん。だからこれは、雨=天音がどのタイミングで明かされるかを楽しむ小説なのかな。……どうなんだろう。

割と早いうちに、この物語は凡才が天才に嫉妬し、天才が凡才に救われてしまったためにド執着する話とわかる。その上で、どのようにしてその事実が明かされるのか楽しむのか、それともどれだけ天才が犠牲を払うのか楽しむのかな。

文章を読み慣れない人でも読みやすい文章で書かれてるの、かなり強いよね。耽美でもない、装飾的でもない。平易な言葉で、わかりやすく、時々こちらへ語りかけてくる。それがすごく読みやすく感じる。

そもそもの天才と凡人の物語って永遠に好まれるもので、作中で言われているようにアマデウスとサリエリでも、同人女の感情でも、斜線堂有紀の私が大好きな小説家を殺すまででも、なんぼでもあるんだよね。王道だけあって単純に読みやすい。
ただ、単純で読みやすくて、文章もとっつきやすいって、万人に売るためにすごく重要な要素なのだろうなとも感じる。

また、ヘイトやざまぁもないんですよね。
これがなろう小説だったら櫻にざまぁがありますよ。沙里も二股ながらさらに天音に浮気し、天音の力添えで小説を書き、天音に子供も産ませ、自分が書けない時期は天音の貯金でソシャゲ課金してる男。めっちゃ人生を謳歌している。なろうだったらざまぁが来るかもしれないが、なろうのざまぁって大抵なろう外の人間が不意打ちで読むと多少刺激が強いんですよね。
具体的には悪役令嬢の中の人でコミカライズ時にピナのラストを丸く収めているのがうまいなぁと思うような強烈なやつがある。気になる人は悪役令嬢の中のなろう版をチェック。あれは改変される。
それってなろう読者のように喜ぶ人らもいるが、同時にドン引きする人もいる。そういう忌避されそうな要素を綺麗に削った上で読みやすいように作り上げられた物語というかんじがした。

ただそれって私が求めているものでもないんだよなあ……。私が読みたいのはもっと一点突破というかどこかしらがぶっ壊れていようとも物語として強烈なものなので、そういう意味ではまるで求めているタイプではなかった。ラストもだいたい想像つくし。


徹底して売れそうな小説という印象を受けたし、ものすごく同人女の感情だった。