
あらすじ
隙あらば密着。一見クール、本当は愛情だだ漏れなヒロインがしっとり登場
雨で部活の練習が早めに終わった栗本詩暮は、忘れ物を取りに戻った視聴覚室で、一人の女子生徒・雨森潤奈と出会う。読書や音楽の好みが合致した二人は、互いの時間が重なる雨の日の放課後限定で会うようになり、密かな交流を始める。
「詩暮っていう名前、好き」
「私は独りが好きで、無駄な他人と関わりたくはないけど……詩暮なら、いい」
じめっとした雨の日にだけ会える潤奈は無表情でドライだが、やたらと距離感が近く、甘えたがりな女の子。
さらにある晴れた日、潤奈の「秘密」を知ってしまったことで、詩暮に対する潤奈の距離は吐息がかかるほどにまで近づき、深すぎる愛情がだだ漏れになっていく――。
孤独な少女が趣味の合う主人公に懐くのはいいが、確かにその趣味は同士がいない
主人公が視聴覚室に忘れ物を取りに行ったところ出会ったのは、見慣れない少女。ちょっとした会話の流れから彼女が自分と同じく鬱ロックを好きだと気付いて話していくうちに徐々に二人の距離が近づいていくというお話。
とかくラノベのヒロインたちというものはアニメや漫画やラノベが好き。そしてなぜか周囲に隠したがる。オタク系(たいていBL好きではなくアニメや漫画やラノベ)ヒロインというのは無数にいるし主人公の友人にも高確率でいるというのに、ヒロインの秘密に偶然気付くのは主人公。
でもオタクやアニメ漫画ラノベがさほど市民権を持っていなかった20年前ならいざ知らず、推し活文化が暴れまわり、鬼滅の刃やコナンの興行収入が3桁億行ってる現代ではそこまで隠すほどのものでもなくない? そこまで同士少なくなくない? 俺妹ぐらいの時代の文化引きずりすぎてない? と思わなくもない。
あの時代は、オタクはいるものの今ほどの市民権を得ていなかったため、描き方としてはそれで良いんですよ。良いんだけど現代でそのままやるとちょいおかしくない? という瞬間はある。
ところがそれが鬱ロックだと、絶妙に「あ~確かにそこまで同士いなそう……」になるから面白い。なるほどそれは同類の友達を探すのは難しそう、でもギリギリいそう、けれどもこのヒロインだったら自主的に探したりはしないから主人公に出会えたのが嬉しそう、となるすごい良い塩梅の要素。
そして主人公は、ヒロインが鬱ロックの話を出したときに、さらりと複数出してくる。
「シロップやアートスクール、ピープルやノベンバ……最近のバンドだと、YOHILAみたいな音楽のことだよな。鬱ロックって」
さらっと複数出してくる人ってある程度同ジャンルに精通しているか、もしくは音楽全般のファンだろ。だからこそ、
その発言を、聞いた瞬間。
「……っ!」
眠たげだった女の子の目が見開かれ、澄んだ瞳の中で光の波が輝いた。分厚い遮光カーテンの向こう、窓ガラスを叩く雨音が強まる。
「…………ぁ……えっ、と……」
やがて漏れ出た彼女の声音は、雨の音にすら掻き消されそうなくらいか細く、儚げで、繊細なアルペジオのように美しかった。
「――好き、なんですか…………?」
そういう反応が出てくるの、わかる。(実際はそれも若干のミスリードが入っているが)。
ググってみたところ、シロップやアートスクールは結構前から活動しているタイプのバンドなのかな。でも作中にはヨルシカやamazarashi、ずっと真夜中でいいのに。、アジカン、UNISONなども出てくる。
このあたり、今(2025年)に読むと「主人公たちは現代も古めなのも含めて様々な音楽が好きなんだな」になるが、あと10年もしてから読むと「こいつら古い音楽が好きだな」になりそう。そういうところ含めて今読むラノベなのかも。
と思いつつこの時代のバンド系に詳しい元バンギャの友人に確認したところ、出てくる名前が15年前のが多いらしく、単純に鬱ロックのなかでも古いのがメインで好きなので話が合う人がいままで見つからなかったのかもなのほうが強くなってきた。やめろ! 詳しい人に聞いてしまったせいで無駄な解像度の上がり方しちまった!! 作者がその年代なのかなとか言い出すのやめろ!! 私はその時代音楽聞いてないのでなんにもわからないからと友達に聞いたばっかりに……。
そう来るかと思わせるラスト
距離感がバグり気味で陰キャでじっとりしていてまさに湿度が高いと表現するのにふさわしいヒロインが、主人公に急速に心を開いて好意を寄せる。たかだか30分会話したぐらいで下の名前呼びをし始める距離の詰め方、今まで友達のいないかつ自分は選ぶ側みたいな認識している陰キャあるあるだ! 無駄な解像度やめろ! もっとやれ!
タイトル通り、ヒロインである潤奈は湿度が高い。すぐ相手にくっついてきたりもするし。しかしそんな湿度高めで面倒くさい陰キャの匂いを醸し出している彼女へ、主人公は下心を向けることなく、なおかつ嫌がることなくいい感じの距離感保っているのが読みやすいのかも。これで下心が全開だったらキツかった。なんなら可愛い子として認識している時間のほうが長いので、読んでいて彼女の湿度の高さをそこまで意識しなくて済む。
そんな彼女が実は主人公の好きなバンドのYOHILAのボーカルその他諸々を担当していることが判明。好きなバンドの未発表新曲を聴かせてもらったり、仲の良い友達として半ば強制的にデートのようなお出かけをしたりと距離を詰めていく。
途中でヒロインと仲の良い教師に「彼女の傘になってくれ」と言われるの良いよな。
主人公は音楽が好きなだけで作る側の人間ではない。でもそんな人でも、聞く側の立場としては一緒にいることはできる。
例えばこないだプレイした先生、新刊三冊くださいッ! なんだけど、アレにも読み専(というには若干活動的だけど)なキャラクターたちが出てくる。
作る側だけじゃなくてそういう消費する側もいてこそ創作物って成り立つし、自分の作るものを肯定してくれる人たちがいるって、作る側としても孤独にならなくて安心するよな……。
それにしても先生、あまりにキャラが強すぎやしませんか。
こういう才能のあるキャラクター物で一種ありがちである幸せな日々によって今までの創作ができなくなるパターンが来るのはそれなりに予想していたものの、そこからの展開というか回復方法はかなり驚き。つ、強いな……?
だが、これは一度友人たちが離れていくのを経験したヒロインだからこそ取れる手段ではあるよなーとも思って納得もした。
全体的に恋愛要素はさほど強くないというか、ヒロイン側からぐいぐい行くけれども主人公は明確な恋愛感情を返しているわけではない曖昧かつキープ状態的な関係性なので、もうちょっとどうにかしてほしいかも。これじゃキープしてるだけにしか見えねえ。これはこういうポジションになっている主人公に対していつも言っている悪口です。
それと、結局主人公は今までのYOHILAの曲が好きであり、ヒロインが新しく作り出してしまうようになった明るい曲自体は、YOHILAの曲ではあるもののいつもの曲とはちょい違うなと感じてしまっているわけじゃん。だから離れようとはならないものの、それでもYOHILAとしては違和感を持ってしまうわけじゃん。それって彼女なら何でも良いという受容とは違うし、この先ヒロインが癒やされてしまってうまく絶望を想像できなくなって昏い音楽を作れなくなったらどうなるんだろう。
なんというか、いろんな箇所で一捻りがあって面白い話だったな。
個人的には、ある意味テンプレ的なクラスメイトの隠れオタクなギャルが次にヒロインと会ったときの反応が楽しみすぎる。今まで友達としてそれなりに楽しく接していた相手が最近好きになったバンドのボーカルだと気付いた瞬間のオタクの反応、あまりにも見たすぎる。
