「異世界の沙汰は社畜次第 聖女召喚改善計画」主人公の『大人』としての距離感が好き
あらすじ
ある日、聖女召喚に巻き込まれて異世界転移してしまった近藤誠一郎、二十九歳。
経理課課長補佐として昼夜問わず働き続けて社畜根性の染みついた誠一郎は、異世界でも「仕事」を要求。しかし、与えられたのは「とんでも予算申請書」に判を押すだけの簡単なお仕事。
『横流し課』と呼ばれる王宮経理課のヌルい仕事に誠一郎は大激怒! 経理課の立て直しに乗り出した! そんな日々で誠一郎が手に入れたのは『疲れが吹っ飛ぶ栄養剤』。
胃が痛まない! 片頭痛がしない! 首肩腰が痺れない! もっともっと働ける!!
異世界すごいと感激した誠一郎だったが、異世界の栄養剤はとんだ副作用をもたらし命の危機に!
魔力ゼロの誠一郎が助かるためには「魔力のある人」に『挿入してもらう』必要があり……。
「助かるなら」とあっさりと状況を受け入れた誠一郎は、眉目秀麗で寡黙な美丈夫・第三騎士団長アレシュ(♂)に身をゆだねるのだが――。
意思疎通皆無、捧腹絶倒社畜BL。
一種のこちらの技術で俺TSUEEEEEEEEEEではあるんだけれど、スキルが経理と社畜というのがなんともまあ。そして異世界に来て一番喜んでる内容がヒロ○ンならぬ完全に疲労が抜けるお薬というのもまたなんとも。筋肉痛が翌日出ればましなほうと思っているあたりが非常になんとも……なんとも言えねえ……!
主人公の書類処理能力や経理の能力はかなり高そうなんだけれど、作中でほとんどの人からはその能力を買われないばかりか嫌がられているのが個人的にツボ。
俺TUEEEEE出来る能力があっても誰もその良さを理解してくれないし、なんなら煙たがられているの、まあ経理ならあるだろうな……。しかも今まで通ってた申請書突っ返してくるタイプの経理ならそうだろうな……という。
一応総理大臣ぐらいの偉さの人が理解してくれるがそれで立場がまともになるわけでなし、俺TUEEEEEEEをまともに出来るわけでなし。なんというか、お疲れ様すぎる。それでも仕事をやりたがるのは社畜すぎる。
主人公の社畜根性がすごいというか、元々きっちりしている性格に加えて趣味が何もないので社畜になったんだろうなという雰囲気。
仕事しなくていいよと言われて「仕事がしたい」という人、もう仕事が趣味だろ。途中で出て来る研究が好きで研究者になったキャラを「趣味を仕事にしている人」と評しているが、仕事が趣味のお前が言うな感。
そして、仕事が趣味だからこそ、異世界人には毒ともなり得る栄養剤を利用してでもお仕事をしたがる。社畜というより仕事が趣味の人だよね……わかるよ趣味はエナジードリンク飲んででもやりたいもんな。死ぬぞ。
そして実際毒を取り込みすぎて死にかける、そこを偶然通りがかった騎士に救われる、救われた流れで(諸々あって)性行為に至る、性行為の翌朝「仕事に遅れる!」と飛び出していくとまあお前本当に仕事が好きだな!? 作中でも相手のキャラである騎士にそこ突っ込まれてるけどなんなんだお前は状態だよ。
そこから、騎士は主人公が自分がついてなければ魔力に負ける的な意味でも生活習慣的な意味でも死にかねないからと次第に気にしていく流れが笑えるんだか面白いんだか最高だった。
主人公も相手の恋愛感情に気付かないのではなく、気付いた上であえて放置しているのがそういう大人っていう雰囲気ですごく好き。年下の押してくるのに対応しきれないしできればしたくない大人、好き。
最終的に主人公が効率厨なのを良いことに効率で押してくるあたり、わかってんなーと笑ってしまった。
個人的には正しく聖女として召喚された少女の扱いがすごく好きだな。
元々は思春期故の正義感や現状を飲み込めてないがために何もわからないが世界を救ってやると言い、主人公が大人としてアドバイスするのに耳も傾けない。けれども主人公によって現状がどういう世界でどういう状況か理解し、もう家族や友人にも会えないとわかり、やっと絶望して戻りたいと叫ぶ。そして最終的には自分の力を使って人を救うために教会へと足を運ぶようになる。
高校生のまだ夢に夢みる子供がお前は聖女だって言われたら、きっと誰だって舞い上がって救うって言ってしまうだろうな、
それは幼さゆえだしその後の先なんて考えられない。そういう部分の描写がすごく好き。
じつのところ、優愛自身もこの生活がずっと続くような気持ちでいた。しかしそれは、あくまでも非現実的な世界で、夢の中にいるような気分だったからだ。
(中略)
「な、なんでですか? 浄化をするために呼ばれたんですよね? それが終わったら、もう用はないじゃないですか」
「そんなことはない。聖女はその存在だけで、国を豊かに導く」
いるだけで良いとか、ユアが必要だとか、ユーリウスも他の貴族達も口々に優愛に優しい言葉を掛ける。それが優愛にとって恐怖に感じるとは気付かず。
だってこの人達は、誰も、一度たりとも優愛の事情を聞いてくれない。
(中略)
「今現在、我々が元の世界に帰る方法は、ないんですよ」
「そん、な…………いやぁっ、おとうさん! おかあさん! お兄ちゃんに会いたいよぉ!! 私を帰して! 家に帰してよぉ……っ!!」
ここの彼女が現実を見せられて泣き叫ぶところが本当に好き。
異世界転生は、現世に未練があったらただしんどいばかりの世界だよな。昔の童謡にあるあかいくつと同じで異人さんに連れられて行っちゃったようなもので、本人の意思などない。ちやほやされるけれども家族も友人も今までの人生も全部奪われる。
主人公は大人なので自分へ支払われる保証金などを賠償金と認識しある程度決着をつけられるけれども、聖女として呼ばれた少女はまだ幼い。そこまで割り切れない。そりゃ帰りたいと泣きもするわ。
主人公と聖女の距離感も好き。
主人公は最初聖女にもうちょっと考えて答えを出したほうが良いという。それは大人だったら普通の思考だろう。自分の利を考えた上で、協力するかどうかの答えを出すべきだ。でも聖女はまだ幼いからそこまで考えられないし、困っている人を自分だけが助けられるという状況に酔っているから逆に主人公を遠ざける。
遠ざけられた主人公は、無理に少女を助けようとするわけでもない。彼は聖女の庇護者ではないのだから。偶然一緒に飛ばされてしまった、巻き込まれた一般人でしかないのだから。
冷たいとも思われるかもしれないが、距離感としては無理に言いくるめようとするよりこちらのほうが良いと思った。主人公が効率厨というのはここはあんまり関係ないよね。大人として、お人好しすぎたりおせっかいすぎたりしない、ちょうどよい立ち位置。
主人公は立ち位置つくるのがうまいんだよな。
仕事は自己肯定感のためというけれどもこれはもう趣味だよね。そして趣味で倒れそうになりはするけれども栄養剤の毒について知らなかったからだし、基本的には他人に迷惑を掛けないようにしている。大人として最低限の立場を守っているし、しでかしてはいけないことはしない。
ワーホリではあるが、栄養剤があれば迷惑はかけない。一回倒れて騎士に迷惑をかけたが、それ以降は基本的に騎士のおせっかいというかなんとなく気になることから手をかけていくようになるので、主人公が迷惑をかけるわけではない。
食生活が悪いのも現代に生きてたときからなので、恐らく彼は騎士が手をかけなくとも異世界でもその食生活でやっていけただろう。魔素も少しずつ体に取り込み、栄養剤のミスさえなければ問題なく生活をしていけただろう。
そういう大きな迷惑をかけず、けれども何かを成す主人公、嫌いになるポイントが無くて良いなとも思った。
あらすじには抱腹絶倒と書いてある割に、笑うよりも色々考えさせられる部分のほうが多かったかも。
大人としての立場が好きな小説だった。