「愛するあなたの子を授かって、十月十日後に死ぬつもり。」エグさと人間の嫌さとシスターフッド……??

★★★☆☆,朝日文庫三角関係,現代

愛するあなたの子を授かって、十月十日後に死ぬつもり。

愛するあなたの子を授かって、十月十日後に死ぬつもり。

AmazonBookWalker
あらすじ

夫との心の距離を覚えながらも、念願の第1子を授かった千夏子。しかし無理がたたって流産し、そのことを誰にも言えずに心を病んでいく。自殺しようと家を出る千夏子だったが、偶然出会った血まみれの女性は、なんと夫の不倫相手で……。

夕鷺さんの非少女小説モノ。なので暗いしなんとも陰鬱になる。

前半のくらいテンションと人間の嫌さでうわーって嫌な気分になるんだけど、中盤からスピードが上がってこれどうなるのという勢いがすごいなってぐいぐい読んでしまった。

何でもかんでも自己責任って言葉で終わりにしてはいけない、という話だけれども、それでも1人どうしてもお前のそれは自己責任では?と思うキャラがいてどうにも首を捻ってしまった。

不倫と妊活と妊娠と流産と生まれたばかりの赤ちゃんと

妊娠に悩む千夏子がようやく子供を授かったものの流産、しかし旦那の仁は流産を誰にも言うなと告げる。流産のショックでメンタルを病んでうつ状態になった千夏子は、ある日仁が浮気していると知る。

ゴミ屋敷で不倫の子として生まれた茗は、親から逃げてネカフェ暮らし。職場で出会った仁に昼食を奢ってもらいながら話をしているうちに男女の関係となる。ある日妊娠に気づくも病院に行く金もなく、ネカフェのトイレで出産し、コインロッカーに子供を捨ててしまう。

ネカフェのアルバイトをしている莉音は、半ばネカフェに住んでいる女性が妊娠していると気づく。ある日彼女が飛び出していったのを追いかけたところ、コインロッカーに捨てられた子供を発見してしまう。親に捨てられ児童養護施設で育った莉音はその子供を見捨てられず連れ帰ってしまう。

――という3人の女性の物語であり、なんやかんやあって彼女らがであったり協力したりするシスターフッド、でいいのかな。

物語は前半の彼女3人の前提というかこういう物事が置きましたよっていうあたりまでは嫌な空気漂いまくるしすごいゆっくりで読むのしんどさすらあるんだけど、千夏子と茗が遭遇する中盤あたりから一気に速度があがって、この先何がどうなるかわからない勢いに飲み込まれていく。

読んでて、うわーーーー妊娠めっちゃメンタルとフィジカルに与える影響デカすぎ……と最初に思ってしまった。
着床したしない、無事生まれる生まれない。そういったあれこれでどうしても一喜一憂してしまうし、子を生むことで女性のキャリアはどうしても途絶えてしまい、復帰に時間がかかる。また妊娠中のメンタル面もガッタガタになる。

4章以降の千夏子が、目の前にいる相手が相手とはいえすごくさっぱりしていて物事をはっきり考えられる、他のキャラクターの視点から見てもバリキャリっぽい雰囲気の人なのに、1章の千夏子視点だとメンタルフィジカルともにものすごく酷い状態で弱りきっていて、本当に同じ人なのかなとすら思えた。メンタルにキすぎでしょ妊娠。
4章の千夏子は、茗に対して『検診に行かないということはお腹の子供にたいする虐待にすらあたる』と思うし、子を欲しがった自分は流産したのにどうして子を望まないお前はあの人の子を妊娠して産めたのだとすら思ってしまう。でも千夏子はその八つ当たりをしないで堪える。そういう理知的な部分がある、と知った上で1章を思い出すと、本当に精神やばすぎて怖いなとなってしまった。

終盤、千夏子は自分が茗を助けた理由を彼女を助けたかったわけじゃなくて過去の可哀想だった自分を助けたかったのだと理解できているし、もともとはすごい理知的な人なんだよね。それが流産と旦那の無関心とモラハラでおかしくなって、存在しない子供の母子手帳を自作して日記を書き始めるぐらいになるという。でもあの行動自体は書くセラピーって言うし、千夏子のいう不健全な行為というより、精神安定行為のほうが近いのかもしれない。

「自己責任」である社会

「私、そのあたりはもう仕方ないのかなって思ってたの、今まで。そういうのが”普通”の社会に生まれてきたんだから、どういう人生を送るかは自己責任! もし困ることがあったら、それは今まで選んできたもののツケなんだ! ってね……」
「はい……」
     (中略)
「でも、いざ自分がその”普通”じゃない”自己責任”の渦中に一度でも放り出されてみたらね……すっごくキツいわね。これって」
 からっと笑って、千夏子は首を振った。
「自分のせいでしょって突き放しても、今目の前で困ってる人が救われるわけじゃないし。忘れてしまいなよっていわれても、今つらいのがどうにかなるわけじゃない。普通ならこうだよって言われても、普通になりかたが分からない」

このあたりがすごく刺さった。自己責任だって自分で後悔したりするのは良いけれども、自己責任だって言って目の前で倒れている人をただ突き放すのは違う。だからこそ千夏子は茗を助けるし、一人拾ったら同じだと莉音も助ける。

……っていうのはすげえ良い決着だなと思うんだけど、いや流石に茗は自己責任で突き放しても良くないかな……って思ってしまった。少なくとも千夏子はそれだけの権利はあるし。だからこの後慰謝料取るよって言ってるんだけど、だとしても、こう……。ざまぁを求めているわけじゃないけれども、茗はちょっと、すごくもやもやしてしまった。

茗は、初めてしたときは相手に妻がいるのは知らなかった。けれどもそれ以後は知っていたし、茗自身がゴムに穴を開けた。不倫相手の妻に子供が出来たのを聞いて身を引こうとしたが、茗にも子供は出来てしまった。けれども病院にも行かず、トイレで産んでコインロッカーに入れた。
割とマジでどこをどうやっても、いや!!お前は!!なんか!!もうちょい!!あるやろがい!!って思ってしまった。お前は!!結構な!!自己責任だよ!!

親から愛情を向けられなかったが故の愛着障害だろうなっていう描写もあるから仕方ないにしても、いや仕方ないにしても???ってなってしまう箇所が多くて、茗に関してはものすごく突っ込んでしまった。

(2024/06/15追記)

あとから考えてたんだけど、茗のしたことは完全に自己責任。だけど物語のテーマであり千夏子の行動理由のひとつに完全に自己責任であろうとも目の前で人が倒れていたら素通りできないというのがある以上、茗は必ず救われる。

じゃあわたしは茗にどうなってほしかったのか、どうしてほしかったのかって考えてみて、結局よくわかんなくなっちゃったんだよね。千夏子へ贖罪をしてほしいと思ったけれど、作中で千夏子は茗が一緒いにてくれたことが救いだった。自分がしてほしかったことを茗に行うことで、一種インナーチャイルドを救うような感覚になっていた。

でも千夏子って、作中でずっと誰かに何かを与えるばっかりだった。旦那のために流産したのを告げずにいたし、倒れていた茗を何も知らないうちから助け、リゾートマンションで一緒に暮らしてご飯から何からしてあげた。落ちていたどう考えても危険だし面倒事に巻き込まれていそうな莉音を拾ってマンションに連れ帰って助けた。千夏子ってずっと誰かに何かをしてあげたりするばかりで何かをしてもらうのがなかったために、わたしは読んでて「じゃあ加害者である茗がなにかしろよ」と思ったんだろう。千夏子って自分を救うための行動すら作中では誰かの奉仕になっているから。

溺愛ちやほやを求めているわけではないんだけど、だとしてももうちょっと千夏子が誰かに何かをしてもらうシーンが欲しかったんだろうな、わたしは。

物語のあとで茗が千夏子に慰謝料を払うとちゃんと言っているけれども読者として読むことができるのは物語のエンドマークがつくまで。だから、物語のなかで与えるばかりの千夏子が、ずーっと何かを与え続ける人に見えてしまった。千夏子の心としては救われているから問題ないんだろうけれども、これは読者のわたしの問題。

基本男キャラは害悪舞台装置

出てくる女性たちが最終的に3人とも前を向いて進んでいこう(1人はおそらくムショだが……)という終わりであり、彼女たちそれぞれに多面性があるのに対し、出てくる男性陣たちは基本的にクズで害悪な舞台装置。

千夏子の旦那であり茗の不倫相手である仁は、他人に良い顔したいし若い女の子とヤりたいクズ。自分が妻帯者だというのもヤるときにようやく言う。
莉音の元彼はもっとクズで、拾った赤子の目の前で行為を強要したり、子供が泣くのがうるさいと暴力をふるおうとする。

このあたりまで来るといやいやいや流石にここまで来ると舞台装置だな……と認識してしまった。少女小説における意地悪な妹と母親と同類。

とはいえ、終盤は偶然女3人が会えたというあたりも結構なご都合だなとは思ったので、そういうご都合の一種だと思えば、まあ。

愛するあなたの子を授かって、十月十日後に死ぬつもり。

愛するあなたの子を授かって、十月十日後に死ぬつもり。

AmazonBookWalker

スポンサーリンク