「貴サークルは”救世主”に配置されました」今まで6部しか売れなかった俺の同人誌が100部頒布できないと世界が滅ぶ
あらすじ
GA文庫大賞《金賞》受賞作
100部売れなきゃ世界が滅ぶ!? 同人誌に懸ける青春ファンタジー
「ずっと……ずっと、あなたを探していました、世界を救うために」
自分の同人誌によって、魔王の復活が防がれる。突如現れた女子高生ヒメにそう諭された同人作家のナイト。
ヒメの甲斐甲斐しい協力のもと、新刊制作に取り組むのだが……
「えっ、二年間で六部だけ……?」
「どうして『ふゆこみ』に当選した旨を報告していないのですか?」
「一日三枚イラストを描いて下さい」
「生きた線が引けていません」
即売会で百部完売しないと世界が滅ぶっていうけど、この娘厳しくない!?
「自信を持って下さい。きっと売れます」
同人誌にかける青春ファンタジー、制作開始!
良かったー! 超良かった! これ同人活動している人刺さるでしょ。めちゃくちゃ刺さるでしょ。
ふわっとファンタジー系の同人活動じゃなくて、地に足つきすぎて同人作家が若干死ぬタイプの同人物語だった!
あらすじに『同人誌に懸ける青春ファンタジー』ってあるけれども、これ微妙に間違ってて、正しくは『同人誌に懸ける青春』&『ファンタジー』。
同人部分にファンタジーはない。売れるための魔法の方法なんてあるわけがなく、コツコツと漫画をTwitterにアップする宣伝とフォロワーに絡んで認知度を上げていく戦略が大事というリアルすぎるまでの方法が描かれているし、なにより部数がリアル。
過去に100部刷って1部しか売れなかった主人公(過去に同人誌が売れた総冊数が6部)が、イベント1回で100部を目指すまでという、漫画描きだったらギリギリできないこともなさそうな、でもものすごく大変であるというのもわかるぐらいを狙う物語。全然ファンタジーではない。
ファンタジー部分はここではなく、主人公が100部頒布できないと世界が滅ぶあたり。
世界では魔王が生まれ、このままでは10年後に世界が滅ぶ。また、海からやってくる敵を日々倒し続ける少女もいる。魔王が生まれないためには信託の書より予言された『主人公が100部同人誌を頒布する』をこなす必要がある。
同人活動に対する解像度がめちゃくちゃに高いしリアルすぎるんだよ。
時守さんいわく、十年後には世界は滅んでしまうらしい。絶望的な話だ。冷静に考えると、のほほんと暮らしている場合じゃなくね? という考えが過る。
しかし、その前に、印刷所の入稿締切がやってきてしまう。運営からスペースを頂いた以上、原稿を落とすなどあってはならないことだ。
とりあえず、ネームは完成している。今は下書きのため、板タブにペンを走らせていた。
脳内にたぎる妄想をそのまま具現化させれば、すぐにでも全ての作業は終わる。が、
「ダメだアヤノはこんな表情しない! 大体リオンの体のバランスがおかしい! いや、この線そもそも気持ち悪いっ」
描いては消し、描いては消しを繰り返し、段々とペンの動きが鈍っていく。
「そもそもこのネーム面白い? 面白くなくない……?」
安物のゲーミングチェアをぎしぎし揺らし、煩悶する。
ヤバい。完全にドツボに嵌ってしまっている。経験上、この状況は非常にマズい。ここから一週間は、一ページも進まなくなっちゃうやつだ。
やばくて辛い現実を見せてくるのやめよう!? わかるよ! そういう気分に陥ることあるよね! すごくよくある! わかるよ! 世界が滅ぶけど印刷所の締切は待ってくれないし、俺の書いてる話が面白くなくない現象は発生する。どんな状況だろうとここに地獄がある。
おかげで同人をやっているオタクは否が応でも主人公に感情移入してしまう。
そもそもが6部しか売れてない主人公に感情移入するなというほうが無理でしょ。
この世の人間だいたい1部しか捌けないとか5部捌けて泣きそうに嬉しいとかいう状況から始まってるもん。主人公にこいつ……わかる……と思わないほうが無理でしょ。
「あんたまだZAI使ってるの? いい加減グリスタにしたら? 少なくとも漫画描くならグリスタのほうが便利でしょ」
「グリスタ高いんだよ。こっちは印刷代を優先してるの。学生は先立つものがないからな」
「月契約ならまとまったお金なくても買えるわよ。――なるほどねー。いつもどおりアヤリオ本なわけだ」
絵をやってるオタクだったらだいたいこの流れでわかる~~~~~わかる~~~~~と言ってしまうこと間違いないでしょ……。そうだね、いつまでもSAIを使うよりクリスタのほうがいいね……。リアルすぎるんだよこういう部分が全体的に。
100部頒布しなきゃならなくなった主人公は、世界を救うためにループしているヒロインと協力して同人誌を出すために頑張りだす。
その最中、彼女から100部頒布するためにと今までの自作を読んだ上での感想と批評をもらう。ここのシーンがすごく好き。
はっきりとこれらの本を売れませんと言ったヒロインは、売れない理由を次々とあげていく。
まずは話が暗い。明るい話のほうが人から受け入れられるのに出している本は暗い。暗くても受けてる本はそれだけのクオリティがあるが主人公の本は違う。途中から別の話が始まるのは統一感に欠ける。エトセトラ、エトセトラ。
更には、キャラクターの組み合わせが悪いと指摘される。人気なのはメインキャラと相棒の組み合わせであり、別キャラではない。メインキャラと相棒の組み合わせを書けばもっと人気になるはずだ。マイナーカプではなくメジャーカプを書け。
その彼女のアドバイスに主人公が真っ向から反抗するのが超好き。
確かに彼女のアドバイスにそってメインキャラと相棒のカップリングを書けば売れるかもしれない。でもそれは、主人公の信念を曲げることになる。主人公はメインキャラと別のキャラの組み合わせが好きで同人やってるんだ、と解釈違いで喧嘩になる。
そうなんだよ、同人誌って自分が書きたいものを描くための手段なんだよ。たしかに100部頒布して魔王の目覚めを止めるためにこうやって頑張ってるところはある。でも、それじゃ自分の心が死ぬんだよ。
同人ってお金のためにやるわけじゃない(やってる人もいるかもだけど)。本を売るためにやってるんじゃなく、自分の妄想を他人と共有して、一緒に盛り上がって、楽しむためにやってるんだよ! そうなんだよ! だから『売るためにこうしたほうがいい』っていうアドバイスは全部違う。間違ってる。それは主人公のする『同人活動』じゃない。
このあたりの同人活動とはの流れが良すぎて、ああそれ……それ……わかる……とずっと言い続けてしまった。わかるよ……。
からの、売れないかもしれないマイナーカップリングであるアヤリオで行くと決めてからのヒロインの攻勢がすごい。
まずは、冬コミに当選したのになんでTwitterで宣伝してないのか? 今すぐ宣伝! ツイートにスペースとサクカもいれる! ツイ支部のフォロワーが少ないからもっと宣伝すべき! から始まるリアルな宣伝方法。これ真面目にやったらたしかにフォロワーも知り合いも増えるわ……。
100部頒布するためには、まずはちゃんと認知してもらうことが必要。そして自分の作風を知ってもらったり絵柄を見てもらうことが必要。義理購入だっていい、面白いと思った上で買ってもらえるんならそれでいい。
なんかもう、正しい同人作家の宣伝活動というべきシーンで笑ってしまったしリアルなんだわ。すげーリアルなんだわ……。
同人誌へのダメ出しもリアルだし、宣伝方法もリアルだし、なんだよこの本。弱キャラ友崎くんの同人版か。こうすればピコ手のキミも100部頒布できる! か。リアルなんだよ。
個人的にデスメイド可愛いー! となった。いいよね、口は悪いが性格良くて主人公に対して面倒見の良い女の子。出てくるたびに可愛い可愛いと思ってしまった。
それから主人公の友人の少年。友達の少ない主人公のほぼ唯一と言っても差し支えのない友人で、陽キャで彼女もコロコロしてるけどアニメなんかも見てて同人活動もうっすらとわかっていて、なにかあったら手伝ってくれるタイプの友人。そういうのぶっ刺さるタイプの人一部いるよね。私です。